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運営がスターレス香水の企画を持ってくる。
説明する。
黒曜は呆れる。
晶は乗り気。
鷹見は理解を示す。
シンはシン語。
大牙は香水よりシャンプーの方がいいと言い出す。

 「Wのみなさん、集まってますね」
 スターレスの事務室に運営のいつもの呑気な声が響き渡った。それを聞いている素振りすら見せないのが、一筋縄では話が進まなそうなWのメンバーだ。しかし、運営はマイペースに話を始めた。
 「今日はみなさんに『女性につけてもらいたい香水』を作ってもらいます」
 「は?」
 黒曜が凄んでも全く気にせず運営は続ける。
 「作る、と言っても実際にみなさんに作ってもらうわけではなく、好みの香りとかノートの系統とかを僕がメモして、業者さんに渡して香水を作ってもらいます」
 「もしかして、KとPでやっていた香水の企画と同じかな?」
 「そうです」
 鷹見の問いに運営が簡潔に答えた。そして、Wメンバーの目の前にあるテーブルに置いてある箱の蓋を開けた。
 「みなさんがイメージしやすいように、業者さんから市販の香水をサンプルとして借りてきました。これで、好みの香りとかノートとか分かると思います」
 色とりどりの香水の瓶を前に、大牙が殊更ダルそうにこぼす。
 「えー……香水すか? 俺、シャンプーの方が……」
 「シャンプーの香りにいちいち文句付ける男キモくね?」
 「文句じゃねーですよ。ただ、香水よりはシャンプーの方がってだけで」
 晶の指摘に大牙は慌てて取り繕った。
 だが大牙の言い分も日本人男性の多数派意見かもしれない。そもそもWのメンバーはどうなのか。
 晶が問う。
 「じゃ、みんなどっち好き? 香水? シャンプー? 俺はどっちも好き」
 「どちらでも構わないけど」
 「宝石と花に優劣を付けるのか?」
 「香水」
 「え!? にーさん、香水好きなんすか?」
 遠慮も何もなく、大牙はあからさまに驚いた様子で黒曜に聞き返した。
 黒曜と付き合いの長い晶は何かを知っているらしく、意味深長なことを言う。
 「あー……黒曜の女の遍歴が見えるわー」
 「あぁ!? お前知らねぇだろ!」
 「鏡に自分の後ろ姿が映っていないからといって、他人にも見えていないと何故思う?」
 「知られていてないと思ってるのは本人だけというやつですね」
 黒曜は反論したが、人生経験豊富な者達は黒曜を擁護しなかった。

黒曜の香水はシャネルのエゴイストプラチナム。
女性はシャネルのNo.5。アルデヒド。

 「で、香水付けた女が好きな黒曜はどんな香水がいいワケ?」
 「ちっ、うるせぇな」
 晶を邪険に扱いながら、黒曜は香水の瓶に手を伸ばした。それは彼自身が使っている香水のブランドだった。黒曜は瓶の蓋を開けて鼻に近づけた。気に入らなかったのか、蓋を閉じて、瓶を元の場所に戻した。そのブランドの中でいくつか試したが、結局手元に残ったのは一つだけだった。
 「これ、だな」
 「他のブランドは試さなくても?」
 そう鷹見に言われて、黒曜は香水の瓶に掛けられているタグを摘んだ。そこにはトップノート、ミドルノート、ラストノートそして香りのイメージが書かれている。それに気づいた黒曜は箱の中の香水のタグを順々に確認した。しかし、どうやら黒曜が探していた文字列はなかったらしい。
 黒曜はさっき選んだ香水をもう一度指名した。
 「これだ」
 「うっわ、ザ・香水」
 晶が大袈裟に反応した理由が分からず、大牙は何の気無しにその香水をムエットに吹き付けた。
 「ーーうっ……」
 それだけで大牙はむせた。
 「うへぇ……、にーさんマジすか」
 大牙はそのムエットを鼻に近づけようとしたが、結局香りをしっかり確認する前に鷹見に押し付けた。
 鷹見はムエットの香りを楽しみつつ、香水の瓶を手に取った。
 「シャネルのNo. 5か。王道だね。でも実際に使っている御婦人にはまだ遭ったことがないな」
 「ふむ。アルデヒドか」
 シンは鷹見からムエットをもらい、香りを確認した。
 口元に意地悪な笑みを湛えて、晶は黒曜に聞く。
 「てかさ、黒曜、自分の香水もシャネル?」
 「ああ」
 晶の大きな目が一際大きくなった。
 「もしかして……」
 「エゴイストプラチナムだけど、なんだよ」
 やっぱりそうかと言わんばかりに晶は騒ぎ出した。傍では何のことなのか話題にさっぱりついて行けていない大牙が清涼な空気を求めて彷徨っている。
 「うわー、すげぇ。え、逆にすごくない? エゴプラ付けられるの」
 鷹見は微笑を絶やさず、シンもまた無表情を崩さなかった。触らぬ神に祟りなしというやつだ。それなのになぜ晶は好んで突進していくのか。
 「え、だってさ、エゴプラだよ!? Gacktじゃん! Gacktと被っても負ける気ないのスゴくない!?」
 「晶、さっきから黙って聞いてりゃ、ゴチャゴチャうるせぇな。だったらお前はどうなんだよ」

晶はジバンシィのウルトラマリン。
女性はイッセイ・ミヤケのロードゥイッセイ。アクア。

 「俺はアクア系が好き!」
 待ってましたと言わんばかりに、晶が答えた。
 「アクア系ってなんすか? 水は無味無臭っすよ」
 対照的に大牙はシラケている。
 「水をイメージした香水ってことだよ」
 晶はいくつか香水の瓶をピックアップし、まるで香水売り場の店員のようにムエットに香水を吹き付けた。それらを比べながら、ひとり機嫌よく品評し、厳選の一本を手に取り、名前を読み上げる。
 「イッセイ・ミヤケのロードゥイッセイ、だって」
 晶は自信満々でメンバーにムエットを手向けた。最初に受け取ったのは大牙だ。
 「水と言われると、そんな気もするようなしないような。……瓜じゃねーんですか?」
 「へえ。確かに水のような感じがするね」
 大牙はあまり興味を示さず、すぐに鷹見にムエットを手渡した。
 鷹見のコメントを肯定的と捉え、晶は気を良くした。
 「アクア系とかマリン系とか好きなんだよねー。俺が付けてるのは、ジバンシィのウルトラマリン。ちょい海っぽい」
 まるで竹に油を塗ったような晶に黒曜が水を差した。
 「ヤンキーだな」
 「好きだからいいの!」
 「だったら俺の香水に文句つけんな。好きだからいいんだよ」
 「いや、好きで付けてても、Gacktと張り合えるヤツどんだけいる?」
 晶と黒曜がプロレスのような罵り合いをしているのを他所に、鷹見はシンにムエットを渡した。
 シンはそのムエットの香りを確認しつつ、自分の記憶にあるジバンシィのウルトラマリンを思い出した。
 「ほう。お前も水中に火を求むより、魂の片割れを探すか」

シンはブルガリのプールオム。
女性はジョーマローンのアールグレイ&キューカンバー・コロン。紅茶。

 「お前も、ということは、シンも自分と同じような香りを女性にも求めるということですか」
 「そうだな」
 そう言って、シンは箱の中の香水の瓶を少し持ち上げ、かかっているタグを見始めた。いくつか見たあと、とある一本を箱の中から取り出した。
 「俺はこれを」
 「ジョーマローンのアールグレイ&キューカンバー・コロン、ですか」
 「紅茶ときゅうり? それいい香りになるんすか?」
 鷹見がシンから香水を受け取り、その名前を読み上げると、大牙の頭の中にはハテナマークが大量発生した。鷹見はものは試しと、その香水をムエットに吹き付けた。それをヒョイっと晶が奪い取った。
 「あぁ、なるほどね。俺も結構好きかも。……ほいっ」
 晶にムエットを渡された大牙は恐る恐る香りを嗅いだ。
 「えっ、……。うん……まあ……」
 予想に反して良い香りだったが、しかし大牙の好みからは外れているようだ。
 大牙は自分の手に持っているムエットの行き場を探して周りを見回したが、鷹見とシンはなにやら話し込んでいるし、黒曜はライターで手遊びしだした。そろそろヤニが切れてきたらしい。結局そのムエットは行き場を失くし、テーブルに放置された。
 鷹見は女性用の香水ではなく、自分達が付ける香水の方に興味を持っているようだ。
 「ということは、シンも紅茶の香水を使っているということですか?」
 「そうだ。ブルガリのプールオムだ」
 その香水はトップノートがダージリンだ。鷹見の脳裏に香りが蘇った。
 「ああ、それいい香りですよね」
 「本物に勝るものはないが、たとえそうでなくとも常に共にあること自体に価値を感じることもある」
 シンは紅茶の話になると少々表情が和らぐ。
 「でもヘビースモーカーの俺は遠慮した方がいいかな。香水が勿体ない」
 それを聞いて、黒曜は気にするなとばかりに言った。
 「スモーカーがタバコも香水も気にしてたら、何も選べなくなるだろ」

鷹見はサンタ・マリア・ノヴェッラのトバコ・トスカーノ。
女性はアクア・ディ・パルマのフィーコ。フルーティー&スパイシー。

 「俺は、サンタ・マリア・ノヴェッラのトバコ・トスカーノを使ってるよ」
 「己を煙に巻き、自ら沼の闇に沈むか」
 「タバコと香水がかち合ってしまったら、最悪な匂いになるでしょう?」
 シンは鷹見の香水がどんな香りなのか知らなかったが、香水の名前から鷹見の選定の意図を汲んだ。非喫煙者のシンが鷹見の隣りにいても今まで不快な匂いを感じたことはなかった。鷹見の選択は正しかったと判断して良さそうだ。
 「なるほどね〜」
 いつもはシン語が分からないと鷹見に通訳を頼む晶だが、今回は文脈から理解したらしい。しかし、晶の興味はそこにはない。
 「で、女の子の香りは?」
 晶は本題に戻した。
 「俺は自分には無い魅力を相手に求めるから……」
 そう言って、鷹見は箱の中から青い瓶ばかりを取り出しては戻し、取り出しては戻しを繰り返した。そして、ようやく目当ての香水が見つかったらしい。
 「俺は、これ。アクア・ディ・パルマのフィーコ」
 鷹見はムエットを用意した。ちょうど隣になった黒曜に渡す。
 「少し甘いな」
 「果物の甘さだよ」
 黒曜にとっては甘いらしい。
 次に手にしたのは大牙だ。
 「え? 甘いすか? なんかスパイスみたいな香りするんすけど」
 甘いという黒曜の意見のままに香りを嗅いだら、大牙にとってはそれほど甘くなかった。
 「どれどれ〜」
 晶が大牙からムエットを奪う。ムエットを嗅ぎながら、鷹見を見遣る。
 「へぇ。こういう女の子が好みなんだ。一筋縄ではいかないんじゃん?」
 「退屈しなくていいでしょう?」
 晶にからかわれても全く動じることなく鷹見は微笑みながら応えた。
 シンは鷹見が選んだ香水の瓶を手に取り、タグを読んでいる。
 「ラストノートがウッディだが、女性用では珍しいのではないか?」
 「どうでしょう。俺はあまり詳しくないんです。でも落ち着いた感じは悪くないと思っていますよ」

大牙は香水をつけない。ルームフレグランスやボディーソープの香りは好き。
女性はしぶしぶアラン・ドロンのサムライウーマン。フローラル。

 「じゃ、最後は大牙な」
 鷹見は暖簾に腕押しなので、晶はターゲットを大牙に替えた。
 「え、結局香水は選ばなきゃなんねーんすか」
 「当たり前じゃん。オシゴトだよ」
 明らかに楽しそうな晶を横目に、大牙は箱の中の瓶を睨んだ。
 「選べって言われても……」
 「しょーがねーなぁ。……シャンプーなんだろ? んじゃ、これとこれと……、あとこれもかな」
 大牙に全てを任せていては日が暮れてしまう。晶は助け舟を出した。大牙はまんまとそれに乗っかった。その中に泥舟が混ざっていることは露知らずに。
 「じゃあ、……これ」
 瓶のタグを睨みつつ、噴射口に鼻を近づけつつ、なるべくムエットに吹きかけるのを避けながら、やっとの思いで大牙は選んだ。
 「アラン・ドロンのサムライウーマンか。ちゃんとムエットで確認したのか?」
 シンは大牙が選んだ香水をムエットに噴射し、それを大牙に渡した。
 「え、ムエット? ああ、この紙、ムエットってゆーんすね」
 大牙は注意深く鼻を近づけたが、香りを認識してから、まるで警戒を解いた猫のようになった。
 「あ、これっすね」
 晶は待ってましたとばかりにムエットに飛びついた。
 「……は?」
 しかし、晶のテンションは急激に下った。
 「お前処女厨?」
 「なっ何言ってんすか!?」
 晶の予想外の感想に、いや、感想とも言えない暴言に大牙はまともに反応できなかった。
 「っ、それとこれ、何も関係ねーですよね!」
 大牙は助けを求めた。晶からムエットを奪い返し、誰かに渡そうと周りを見回した。晶が悪いのだと自力で証明したかったが、自分の香水の知識が乏しいのはすでに自覚していた。
 見かねたシンが大牙からムエットを受け取った。香りを確かめるためムエットに鼻を近づけるが、シンはその香りをしっかりと認識できなかったらしく、もう一度鼻を近づけた。何度か繰り返したが、シンはどうやら諦めたようだ。
 「大牙、お前は少女の生き血を吸わなければ生きていけない吸血鬼だったか」
 「だからなんなんすか!」
 而して、大牙が期待した大逆転は起こらなかった。
 シンが目配せをするので、黒曜はしょうがなくムエットを受け取った。黒曜もシンとほぼ同じ動作を繰り返した。
 「大牙、お前今何歳だ?」
 「え、26すけど」
 大牙と黒曜の後ろで晶が腹を抱えて笑っている。
 黒曜は小さく首を振り無言で大牙にムエットを返した。
 大牙は心細くなった。だが、最後の望みをかけて、手に戻って来たムエットを今度は鷹見に差し出した。
 鷹見は困ったような、憐れむような表情をしながら、大牙から渡されたムエットの香りを確認した。
 「これは……。十代の女子がつけてそうな軽さだね」
 「え……」
 大牙はやっとこのメンツのリアクションの意味を悟った。
 「べっ、別にロリコンとかじゃねーですから! 単に香りが軽いからで!!」

運営がお礼を言う。
おわり

 「Wのみなさん、ご協力ありがとうございました! きっとお客様も喜びますよ」
 運営の呑気な声が再度スターレスの事務室に響き渡った。
 「そうかよ。まあ、客が喜ぶなら良しとするか」
 黒曜はこれでタバコを吸いに行けると、開放の時が訪れるのを今か今かと待っていた。
 「これ、女の子が俺の好みの香りをつけて来てくれるってことでしょ!? うれしい〜」
 「どちらが掌でどちらが踊り子か」
 この企画を一番楽しんだのは晶だろう。その次はもしかしたらシンかもしれない。女性用の香水を幅広く知っているわけではなかったので、今回新たに試すことができて、シンは良い機会だったと捉えていた。
 「これ、結構攻めた企画だと思うよ。いつもよりちょっと踏み込んでるというか」
 「え? どこがすか?」
 「キャスト自身の女性の好みってプライベートな情報じゃない? たとえ香りだけであっても」
 鷹見はこの企画を楽しんだというよりも評価しているというスタンスのようだ。それは、棚からぼた餅のように、他のメンバーが実際に使っている香水を知ることができたからでもある。
 大牙はとにかく疲れていた。運営のテンションの高い声もうるさい。
 「なにはともあれ、こうやってWの香水の企画が固まったんです。僕はうれしいです! すぐ業者さんに依頼しますね」
 而して、運営のいつものミスで未だに業者へ企画詳細は渡らず、Wの『女性につけてもらいたい香水』発売も未定なのであった。